覚悟を促されたルンル
2001年11月23〜25日
今回は総勢34名で、宿泊した旅館の部屋も広かったので先生を囲んで全員で色々な話をする機会が豊富に有りました。
5年以上の係わりの中で作り上げてきた固定観念が崩れてしまう話も出ました。うまく表現できませんが、今日まで漫然と力を抜いて日々を過してきましたが、そろそろ自分はこう生きると「覚悟する」必要に迫られました。
全国の神様が出雲に集まる期間をねらって開催したルンルなので“神さま”に関する話題が特に多く出ました。たとえば、紙コップを指差して「このような大量生産の品物はどうか分からないけど、湯のみコップ等身の回りのあらゆる物には其々に神様がついている」と言う話がでます。
湯のみコップは人間に美味しいお茶を飲ませると覚悟しているわけです。それに対してもっと自由な選択肢を持っている人間がいくつになっても「覚悟」できないのはどうしてなんでしょう。「覚悟する」の意味を出雲ルンル以後に知ることになりました。
“今死んでも悔いは無い”と言う生き方をすると言う事です。
どうせ生きていてもたいした事できないからとか、素敵な来世があるから等と言う意味の「今死んでも良い」では無く、死も眼中に無い程の生き方をすると言うです。
古いコミックの話になりますが「あしたのジョー」のラストシーンで主人公の矢吹丈(ジョー)が宿命のライバル力石徹との対決で100%の力を燃焼しつくして勝利したあと、コーナーポストに座り微笑みながら息絶えると言うのがありました。
荒っぽい喩えですが「狂う」とか「覚悟する」と言うのは実はとても恐ろしい事なのかもしれません。 |